創業物語

第6話 新たな業務領域へ

狂乱物価のオイルショック後、不況時代に日本経済が突入すると、一転して企業利益は圧縮され、特に中小企業は損失になることが多くなってきた。我々税理士へのニーズも前述のような節税から、売上アップや経費節減のアドバイス等のニーズが多くなってきた。

それでも現在から考えると未だ未だ企業にも余裕があったように思える。そこで我々の業界にも登場してきたのがマネジメントアドバイザリーサービス、略してMAS業務である。私は税務だけでなく会計も専門家だとのプライドは持っていたが、所詮それは過去の後始末でしかない。ところがそれを企業はどのようにして売上を稼ぎ、どれだけ経費を使ってどれだけの利益を出すのかという未来分野へ行かないと中小企業をマーケットにしている税理士は食っていけなくなるかも知れないという切迫観念に前向き思考の税理士が捕らわれたのは無理ない。

業界でも税務や会計だけのセミナーだけでなくMASのセミナーが多くなってきた。私も、関与企業の経営がドンドン悪化しているのを見ながら何とかしないといけないとの焦燥感に捕らわれ、これらの多くのセミナーに参加した。しかし税理士の悲しさで、切った張ったの企業経営そのもののイメージがどうにも沸いてこない。セミナーで習ったことを実践しようとしてみても所詮付け刃でうまく行く訳がない。これでは駄目だ。自分で営業会社を作り、それで経験してみないと考えたこともある。

ところが当時有名経営コンサルタントが経営を引受けた会社が倒産したと言うニュースが経済紙を賑わし世間では経営コンサルタント無能論まで言われる始末であった。

戦略MG(マネジメントゲーム)

そんな時、ある保険会社の広報誌の企画に応募して送られてきたのが「新・人事屋の書いた経理の本(西順一郎著)」である。ページの見開きの左側に絵、右側に活字と言う読みやすい本で、これから会計は過去会計でなく未来会計で行くべきだと書いてあった。

そうか我々は会計の専門家なのでそれを未来に使える会計になれば良いのか、それもMAS業務だよなと安堵した。ただ、どうにも分からないのは、その本の中で盛んにMG(マネジメントゲーム)と言う言葉が出てくる。それは何だろうと興味を持った。

その頃、新しくお付き合いをすることとなったのは自動車整備会社でロータスグループと言うその業界でかなり勉強熱心な経営者の集まりに参画しているM自動車工業である。そこの社長から深田さんウチでMGの勉強会をするから見に来ない?と誘われたのがMGにのめり込むことになった始まりである。

土曜日の午後そこの会社に駆けつけると既に何人か集まっていて、それでは始めようと言われるがまま、何がなにやら分からず始まった、どうも会社を設立してそれを経営していくゲームらしい。机の上に丸い円盤状の版があり、その中心にトランプ状のカードを置いて、周りのポケットには色取り取りの形状でプラスチックのおもちゃが入っている。ほぼ1時間して「ハイッ第1期終わりで決算しよう」と用紙が配られ決算したところ私の会社は見事に赤字であった。ところが中には黒字の人もいる。私は税理士で一応経営者なのに、サラリーマンの人が涼しい顔して黒字決算を出している。

「何なんだこれは!」これが始まり。毎週土曜日その会社で開かれるMGに参加し、その後MGの本部である東京の会社まで出かけ1泊でMGセミナーに参加した。そこではまたまた驚かされることかあった。2日間で5期経営するのだが、スタートは全く同一なのに私は赤字の連続、ところが知識では私の方が圧倒的に違うはずなのにある人は素晴らしい黒字の連続で会社を成長させている。

単なるゲームなのに「何故だ!」。 実業の世界は常に激烈な同業者間競争をしている。そこでは少々の資金繰りの無理をしても先行投資が死命を制すること。企業にとってお金は貯めるものでなく有効に使わないと売上に繋がらないこと。常に同業者だけでなく社会の動向をも見て対処しないといけないこと。何よりも顧客満足を与えることを常に第一に考えること。等を教えられた。

また我々会計人にとって戦略MGで使われる変動損益計算は、常識を覆すダイレクトコスティング(直接原価計算)の考え方を取り入れ未来会計への道をつけるものであった。等々を企業経営のシミュレーションゲームであるMGで学んだことは素晴らしかった。この素晴らしい戦略MGで学んだノウハウはその後多くの会社を関与していく際の大きな武器となった。その後本部の会社には数度通い、仙台でその会社を呼んでセミナーを開催したこともある。戦略MGは当事務所のコンサルタント部門の今でも主要な業務の一つとなっている。

創造経営との出会い

  戦略MGは、素晴らしいノウハウではあるが私にはもう一つ何か大事なものが足りないのではないか?と常々考えていた。と言うのはMGで強い者が必ずしも強い企業経営者ではないと言うこと。企業経営には、事業感覚や係数に優れているのだけではない何かもっと大事なことがあるのではないかと薄々感じていた。

そんな時、TKCからMAS実践セミナーの案内が来た。その悩みを抱えていた私はすぐさま参加した。ところが受講の冒頭にKDⅠ・Ⅱと言うなにやら変なテストを受けた。訳が分からず記入して帰る時に渡された結果は、私の人間性についての点数は受講者中最下位に近いものだった。私の点数と大差のなかった福島のS先生と帰りの特急(未だ新幹線はなかった)の食堂車で夕食を摂りながら「これほど頑張っている我々なのに何故だろう」と話合ったのが昨日のように思い出される。二人で達した結論は、「我々は正直なので思うがままに書いた結果だ(他の人達はいいカッコして書いたのだろう)」とした。

経営の勉強をしに行ったのに変なことになったなとは思ったが他の座学は企業経営コンサルティングに関する実践に基づいたもので大変勉強になった。この講座の次のステップに進んだ際、研修の冒頭は、神奈川県湯河原の神社集合とのこと。東北からも何人か参加申し込みをしていたが、その人達と何で神社集合なのだろう、どんな研修なのだろうか?まさか「地獄の特訓」ではないだろうね。

当時その名の研修が話題になっていてそこでは必ず人混みの駅頭で「カラスの歌(七つの子)」を歌わせられる。そんなかっこう悪い研修はイヤだなというのがみんなの気持ちであった。それでも恐る恐る参加し、神主の修祓を受けた後連れて行かれたのは全館貸し切りのビジネスホテルで3日間缶詰になった。そこでの体験は今まで経験したことのないことばかりで人生観が変わったのも事実だった。当初は懐疑的で何かの宗教団体の洗脳教育では?と疑ったのも無理はない。

先ず、前述のKDⅠ・Ⅱ分析である。今度は少し心して記入した。その次に自分の両親について作文を書けとのこと、40才を越えたいい大人に「何だそれは!」と思ったが、私は父に対しては若干ネガティブに思うところがあったので原稿用紙数枚を要した。次の日朝は5時起床でラジオ体操、朝食そして午前の座学、午後から個人面接、ここで思わぬ事が起きた。面接官と先ほどのKDⅠ・Ⅱの結果説明(折角心して記入したのに前回と殆ど変わらない点数)、つぎに私の作文を見て質問がいくつかあった。

しかし、不思議で、父に対しての反発を言っているのになんだか涙が出てくる。そのうち涙が止めどなく流れてくるのには参った。戻ってもう一度父について文を書けと言われたが、今度は父否定でなく父肯定の文になってしまった。その後また面接、「分かりましたか?」の面接官。「分かりました」と私。「あなたは事務所経営がうまくいっていますか?」との問に「私は開業以来昼夜、平日休日の別なく頑張ってきたお陰でお客様は増え収入も増えたのに、職員はなかなか育たないしちょっと厳しくすると辞めてしまう」それが悩みと応えた。

自分が先頭に立って機関車のように引っ張っているつもりで気がつくと後ろには誰も居ないという思いをしていた。結局、私は自分では頑張っているが両親はじめ他への感謝の気持ちや思いやりの気持ちが足りなかったと言うことを自省させられた。それ以後職員の定着性が高くなったことは事実である。

このことはその後、企業の経営者指導に大いに役立ったことは言うまでもない。ここで習った「基準創造行動(気づきと挨拶、早起きと認識即行動、約束と計画、連絡報告と後始末)」、「8種の人間関係と利害関係(親、師、親戚・兄弟、職場、子、友人、配偶者、地域社会)」、「企業を取り巻く6種の利害関係人(顧客、仕入・外注先、金融・不動産借入先、従業員、国家・社会・公共機関、資本主)」では、人・企業のあり方を教えて頂いた。

いよいよ経営コンサルティングの実践

東北から参加者のクライアント企業の中から2社を提供して貰い、数人でそれぞれの会社の経営改善提案書を策定する。 最初の会社は、業績が最近伸び悩んでいて経営陣に父親と後継者であるその子(長男・二男)が居るが兄弟間の仲が良くなく社長である父親が困っているということ。その会社は父親が苦労人で独自の技術開発もし同業者間でも一目置かれている存在である。

コンサルティングは現状把握が大事で指導教官から「get the fact」をくどいほど言われた。先ず父親である社長へのインタビュー、さすが苦労人であることを思わせ、業種に似合わず標準語に丁寧な物腰で兄弟の仲の悪さに困っている父親の苦悩の様子がありありと分かった。次に長男は生憎留守なので弟を先に面接した。弟は、自分は父親を尊敬しているが兄と仲が悪いと言われるのは兄が父親に対しての態度が悪いからだと言う。素直でなかなか人の良さそうな性格のようだ。何だこれは長男が問題なんだな。

だいたい、長男は父と折り合いが悪いのが通例で、長男に長男としての心得を言って聞かせれば事は簡単だな、と皆が思ったのは当然だろう。その長男が帰ってきた。我々に対しても「何しに来た!」の態度がありあり。その長男をインタビューして驚いた。父親である社長への呪訴が次々と出てくる。先ず自分の母親である最初の妻を追い出し、現在の妻との間にできたのが二男、父親は二男を可愛がり、どうしても自分はひねくれた。それでも長男なので自分を後継者と言うことで専務にしたが、自分の態度は変わらなかった。

そのうち珍しく父から世間を広く見てくるようにと言われ業界団体の海外視察旅行に参加した。2週間の旅行を終えて帰社すると、何と自分の席には弟が座っていた。父はイヤなら会社から出て行けと言う。ここで負けては終わりだと思い自分は今まで頑張って残った。兄弟の仲が悪いと言うが弟は苦労知らずで父の言いなり、何も考えていないだけだ。父は今どちらを後継者にするとは言っていないが、腹の中は何を考えているか分からない。先生方に聞くが、こんな事が世間で許されていいんですか?と。

これには困った。なるほど中小企業の経営はここが問題なんだ。企業の業績がどうだというよりも先ず、経営者の人間としての生き方から見ていかないと駄目なんだと深く心に銘じた。 次の会社の社長も苦労人で、中学を出て色々なところに勤めたがうまく行かず、やはり自分で事業を興さないと駄目だと思い。売れるものなら何でも売ってやろうの精神で、商社なのかよろずやなのか分からないが兎に角がむしゃらにやってきた。ここに来て業績も頭打ちなので、皆さんを依頼した。何か儲かる話を持ってきてくれないかというのがありありと顔に書いてある。

今はある温泉のエキス分を凝縮した入浴剤をセットした機械で業績を維持しているとのこと。ここでは社長が俺は頑張っているが社員が駄目でね、ハッパを掛けているがさっぱり駄目、従業員は数十人いるがやはり俺が企画して俺がやれと言うことしかできない。社員をもっと働かせる良い方法も教えて下さいね、と言う。欲望がぎらぎらと顔に出ている、私がもっとも苦手としている存在である。

先ず、この守銭奴的性格が直らないと難しいなと考えた。ここにも改善提案をしたが社長はその内容に甚だ不満の様子がありありと見て取れた。この社長とはそれから数年後当事務所の関与企業が起こしたトラブルでまた会うこととなるが。 以上の経験を経て分かったことは、大手のコンサルタント会社が大企業で導入しているシステムはオーナー企業が多い中小企業では殆ど機能しないこと。

例えば当事務所のクライアント企業が依頼したある有名コンサルタント会社は、結局唯一その会社が取り入れ可能だったのは、セキュリティの面からだろうか事務所オフィスを1階から2階に移すというものであったが、効率が悪く私の提案でまたもとの1階に戻した。また同じコンサルタント会社の提案で経営効率化のため子会社を本社に吸収したが子会社社長の扱いでトラブルになり相談しても要領を得ず社長は私に相談してきた。私が解決策を提案しそれで事なきを得た。

これまた大手スーパーの成功で有名コンサルタントが関与した地元スーパーの経営が行き詰まった等、首都圏で成功した経営ノウハウが地方の企業に於いては必ずしも妥当しないこと等、経営コンサルティングは時と場所そして規模さらに対象企業の状況によってもかなり異なることが分かった。ここに我々でも入り込める隙が十分あると思った。