会長 深田一弥の異見!

2014年6月2日

著名建築家自己満足の罪

 東北地方のある鄙びた温泉に行ってきた。接待でもあり、客が希望した温泉地の中で一番高級と言われる旅館を私は選んだ。その温泉街は町並みが大正浪漫のレトロな風情で知る人ぞ知る穴場であったが、20年ほど前、そこの老舗旅館に外人女性が女将として嫁ぎ、彼女がPRしたことで一気に全国に知られることとなった。ところがその後、彼女は本国に帰ったとの噂が流れた。やはり外人に老舗旅館の女将は無理だったのか、あるいは夫婦間のプライベートな問題かなと思っていた。私らが泊まったのは正にその旅館であった。

 国際的にも著名な建築家K氏設計とのことであるが、先ず外観の異様さに唖然とした。温泉街のちょうど中心部に位置するので目立ってしまう。玄関に入ると未だ外は明るいのに中は薄暗く上がり框だけが明るい。暗い中から従業員が声を掛けてきたので驚く。エレベータで3階に上がると廊下は竹籠の中にいるような感じで宿泊室の表示がない。和紙貼りの壁の一部が廊下に向かって開き部屋に入る。部屋は外から丸見えで窓にカーテンもない。寝るときは和紙の障子だか襖だかの中仕切りを閉めるのだ。

 温泉に入ろうと思い、エレベータで1階に降りたが浴室にはスリッパで廊下伝いではなく、玄関から草履に履き替えて薄暗い通路を歩いて行く。好きな風呂に入れると5つの浴室があるがどれも小ぶりで男二人で入るには狭くかつ男同士で気恥ずかしい。幸い客が少なくそれぞれ別な風呂に入ったが、満室ならどうしたのだろう。大きめの浴槽にゆったり入ってこそ温泉気分を味わえるのだろうに。使う人のことを考えないよくある建築家の自己満足が始まったなと思った。

 自分が好きで作る家ならこれでも良いが、旅館はあくまでも客が使いやすく満足を与えることを第一に考えるべきであろう。部屋からは大正浪漫の雰囲気溢れる通りが見えるが、狭い川を挟んで対岸の旅館からはこちらの異形の外観と客室の中が見え、さぞ向こうの客は不快に感ずるかと考えて身が縮む思いだ。その著名と言われる建築家はそこの歴史あるレトロな風情の町並みを自らの作品ですっかり破壊してしまった。その罪はそれを許した旅館主人と共に重い。

 ここで私は件の外人女将が何故ここを去ったのか私なりに合点した。彼女が全国を回ってこの温泉街をPRしてきた大正浪漫の風情を、改築した自分の旅館が壊してしまったのだから。この改築案に反対だったと聞く彼女の無念さを考え心が痛んだ。ここに限らないが街中には辺りの雰囲気をぶち壊す建物があまりに多い。建物は絵のキャンバスと違い、仕舞うことができないので嫌でも目に付く、だから勝手な作品は時として害悪となることを建築家は得と心に命じて欲しい。

 著名建築家のK氏よ、あなたに良心があるなら、自らの費用負担でせめて外観を辺りの雰囲気に合ったものに作り替えるべきである。そうしてあなたがぶち壊した温泉街の風情を少しでも取り戻せるようにして欲しい。それがこの地域へのそしてそこを愛したが故に去ったのであろう女将へのせめてもの贖罪と思うが。

 ハードは駄目でもソフトはと食事を期待したが、金を出せばどこでも食べられる料理ばかりでしかも塩味が濃くガッカリ。従業員も真面目だが気配り不足。この旅館は建物だけでなく応対にもホスピタリティ(「もてなしの心」)が感じられなかった。接待のつもりが高い宿泊代金をその客がどうしてもと支払ったので二重に心が痛んだ。


最近の投稿

もっと見る