官僚は参考人と証人の立場の違いを弁えろ
森友問題で、前財務省理財局長が国会に証人として喚問され、各議員からの質問に対し、微妙な点については「刑事訴追の虞があるので発言を控えたい」を連発した。以前に参考人して招致された際は、政権よりの発言をして野党議員やマスメディアからもかなり叩かれたが、私が以前書いたように、官僚は元々政権の意向に沿って働くのが役目なので、当時の国税庁長官罷免要求は筋違いと考えていた。ところが証人となった場合は違うだろう。確かに刑事訴追の虞がある場合は証言拒否することは証人の権利ではある。
しかし、最近の情報では、検察は彼を不起訴とすることが決定したようである。そうすると刑事訴追の虞がなくなったので、彼を再度国会に証人として喚問できるのであろうか?もし、それが可能となった場合、彼は本当の事を話すであろうか?証人はもし虚偽証言をすれば罪に問われるのであるから今度こそ真実を証言するのではと思うが。
ところで今度は加計学園問題で、首相官邸を表敬訪問した愛媛県庁の職員が、応対した当時の首相秘書官から、同学園が愛媛県今治市に開設する獣医学部は「首相案件なので」と言われ、認可は確実との心証を得たことを記録していた。確かにそのとおりとなり、今年の4月に同学園は同市に獣医学部を持つ大学を開学した。
しかし、その当の元首相秘書官は「自分の記憶では愛媛県庁の職員と会ったことはない」と言い続けている。この「自分の記憶では」と言うところがミソで、後で事実が明らかになった際に「記憶違いでした」と逃げることができるからであろう。この「自分の記憶では」とつけた事で、愛媛県庁職員の記録通り、会ったのは事実なのは明確だろう。つまり先に述べた前理財局長のように官僚は時の政権の意向どおり働くのが役目なので現段階ではギリギリの発言でそのことを責めるのは無理である。
しかし、もしこの元首相秘書官が国会に証人に召喚された場合はどうだろうか?やはり微妙な点については「刑事訴追の虞があるので証言を控えます」を連発するのだろうか?私が以前に、前理財局長について書いたのは、本人が国会証人喚問前である。参考人としてならば政権よりの発言はやむを得ないとしても証人の立場となったら違う。つまり国会の証人は時の政権を護るのが役目ではなく、今度は国民に向かって真実を述べることが役目ではないのか?
本来官僚とは公僕とも言われて国民のために働くのが役目であり、民主主義の社会では、時の政権が国民の代表なので、官僚は政権のために働いて当然である。但し、もし、その政権が何らか間違った方向に進んでしまった場合、証人としては国会で堂々と国民のために真実を述べるべきではないのか?つまり、参考人の段階の発言では私も同情したが、国会証人としては、前理財局長の発言は既に退職しているとは言うものの公僕である官僚として国民に対し背信の誹りを免れない。つまり元首相秘書官も国会証人に喚問された場合は、今度は政権を守るのではなく、国民のために真実を話す義務があるのだと言うことを心に銘じて欲しい。
しかし、公僕とは口に出すけれども残念ながら日本の官僚は歴史的に本心からそうは思っていないのではないのではと思う。これはもう戦前からのことであって、軍人官僚は国民目線ではなく自分達の立場だけ考えていたことが今では明確だが、こういう官僚は果たして軍人だけだったのだろうか?