第9話 年間売上高とほぼ同額の設備投資
ある加工業でのみ使用する木型を製作する職人さんが居た。 当然個人事業であったが、昭和50年代初めの第二次オイルショック後の景気上昇とともに受注量も増えてきた。 それで当事務所関与先の加工業者社長の紹介で関与することとなった。 税金が高いとのことだったので早々に法人化をした。 売上が2千万円程度だが粗利益率が約90%なので当時としてはかなりの所得になる。 しかも地元での競合は他に1社であとは他地域からの参入のみである。
この社長はなかなかの野心家で、現状でも十分やっていけるのに出来れば地元の需要を独占したいし他地域へも進出したいと言う。 現在の受注をこなすのでも精一杯なのに。 職人を採用すればよいのだが、その木型製作は、とても熟練を要する特殊な作業でいっぱしの職人になるには15年も掛かると言う、 それで競合業者も少ないのかと合点した。
その社長は
「深田さんレーザー加工機と言うのを知っているか?それならベテラン職人と同じ作業を10分の1の時間で出来るんだ」
と言う。
私は結構雑学知識を持っている方なので、コンピュータ制御のレーザー加工機の存在は知っていたが
「でも社長、それは数千万円もするでしょう?」
と聞いた。
社長は
「そうなんだ、でも今は実際の価格はその半値ぐらいかな」
と、私は
「それでも会社の年間売上と同じでしょう」
と言うと社長は
「しかし、それを入れると飛躍的に能率が上がり、今までの数倍の売上が可能になるので欲しいな」
とのこと。
私は
「それは素晴らしい。社長の夢を実現するようにしましょう。 生産性が飛躍的に上がるなら公的資金があるかも知れない」
と県や市の商工課を回ったし、公的金融機関も尋ねて見た。
しかし、現在は違うかも知れないが、当時の公的な中小企業向け金融支援とは、 業界全体の底上げに繋がるための施策はあるが、一社だけ飛び抜けるためのものはない。 それではと民間金融機関に聞いても年間売上と同額の融資をしようと言う勇気あるところはない。 それを社長に報告すると自分の蓄えが約1千万円はあるのでそれを担保に1千万円は借りられるので、あと1千万円何とかして欲しいと言う。 そこで当時の国民金融公庫に経営計画書を作成して事情を説明し、何とか不足分の資金を調達した。
機械が搬入されたと聞いたので試運転が済んだら見に行こうと半月ほど経った頃訪問した。 念願のレーザー加工機を導入して笑顔の社長に会えるかと思ったら、案に相違して浮かない顔である。 聞くと「どうも思うように動かない」とのことであった。 「多額の投資をしたのだから何とかモノにして下さいよ」と言って辞去した。
それから間もなく、そこを紹介してくれた人から、深田さん、 あの社長は「無理してレーザー加工機を入れたがうまく行かない。多額の借入をしてしまった。 こんな場合、普通の税理士なら過大投資になるのでと止めるのに、深田はむしろ私をけしかけて導入させた」と言っているよとのことであった。
これを聞いて腹は立ったが流石に心配になりさらに半月ほどしてから行って見た。 何とその社長はニコニコ顔で「やはりレーザー加工機は良いもんだ。 何せインプットしておけば後は夕飯を食べている間に仕上げてくれるんだから!」だと。
後々聞いたところ、なかなかモノにならず一時は本当に私を恨んだそうだ。 それからその会社は飛躍的な発展をしたことは言うまでもない。 その後、ありがちなことだが私の言うことを聞かずに自分のいいなりになる 「経理責任者」なる人物を採用して顧問を解除してきた。