創業秘話

第1話 パクリ手形のサルベージ

 仙台に隣接市のある工務店の社長は、土木職人からのたたき上げでかなりお金には渋い人である。 また人を信用しないで、人に頭を下げるのも大嫌い。 しかも偏屈、従って友達も居ないし側に寄ってくるのは利用してやろうと考えているような輩ばかりである。

冬の寒さでも土間の事務室に小さな石油ストーブが一つ、 私は隣室のストーブの暖かさが届かないところで手をかじかみながら仕事をしていた。 そういう社長でも依頼心は人一倍強く、何か困ったことがあると奥さんを通して連絡してくる。

 ある夏の暑い日、その奥さんから連絡があり直ぐ来て欲しいと社長が言っているのでとの電話があった。 困っているなら自分で電話してよこせば良いのに。 事務所での仕事をそこそこにして駆けつけると件の社長は青い顔をして

「大変だ。会社が倒産する!」と言っている。

「どうしたの?」

と聞くと、お金を融通すると言われたので100万円の手形20枚に日付を入れずに渡してしまった。 後でおかしいなと思って返してくれと言おうと思ったら渡した相手はその手形で複数の高利貸しから金を借り自分の支払いにあててしまっていた。

だまされたと思ったがもう遅い、今月末に2千万円もの手形は決済できない。とのこと。

お金が必要ならこの会社ならば銀行で貸してくれるのにどうしてそんなことをしたの?と聞くと、
昔から知っている男に

「信用金庫の金利は高いだろうから自分がもっと金利の安いところを紹介する」

と言われたのでつい信用してしまった。

お金にケチな人間の陥りやすいワナである。
金利の安い金を借りて金利の高い信用金庫の借金を返すことで得をしようとして却って損をする見本である。

「どうしたら良いだろう?」とのこと。

奥さん曰く社長は呆然として朝からご飯も喉を通らないと言う。

私「銀行(信用金庫)には話したか?」

社長「イヤ、話すとどんなことになってしまうか心配なので未だ」

私「直ぐ銀行に行こう」。

渋る社長を車に乗せ取引の信用金庫に行き、支店長に事の顛末を話した。 こういうときには心がけることがある。 単に事実だけ話しても銀行は困るだけ。 必ず解決策を持って行き相手の協力を求める。

私「こういうことなので先ず手形が回ってくる前に金融業者に行って手形を回収してきます。 出来れば額面よりも低い金額で。 一応1千500万円現金で貸してくれますか?」

支店長「分かりました。○○社さんはウチの大事なお客様なのでお貸ししましょう。 先生私からも何とかよろしくお願いします」

と満額現金で貸してくれた。
そのお金を持ちただちに社長と金融業者を回った。
1件目は業者と言ってもいわばヤミ金で普通の住宅である。

私は、「お宅に会社の100万円の手形があるでしょうが、それを60万円で買い取りたい。 もしお宅が了解しないと全ての手形が不渡りになります。 そうするとこの手形は紙くずになりますよ!」と。

どうせ100万円の手形で50万円程度しか貸していないことを踏んで高飛車の口上である。 貸し主はそれでも10万円も儲かったと思ったのだろうか一にも二にもなく了承した。
これを皮切りに瞬く間に2日間で数件全部回った。 中には明らかに組事務所と思われるものもあった。

最後に行ったのは仙台市内でも有数の手形割引業者である。
ここは登録業者なので額面金額の5割よりはずっと高い割合で貸しているのだろう。 しかしここは踏ん張りどころと一段と声を高くして

「他は全て6割で納得して貰った。 しかし御社はキチンとした業者なのでそれでは失礼でしょうから7割でどうでしょうか? お宅が了解しないと全てが駄目になりお宅にも迷惑を掛けます」と私。

応対した業者の専務は「しばらくお待ち下さい」と引っ込んでしまい30分も経った。
同道の社長は「今度は駄目かな」なんて弱気な事を言う。
私は「待たせるのは断らないことだから」と励ます。

戻ってきた専務は「分かりましたがお宅の条件にもう少し色を付けて下さい。 しかし先生も大したもんだね。 普通は何とか期日を延ばして下さいとか言うのだが。 これでは我々は商売にならないんだよ」

「でも紙切れになるよりは良いでしょう」

「そこが弱みにつけ込むというものですよ。 こんな事は長く金融業をやっていて初めてだ」とのこと。

結果だまされて取られた(パクられた)2千万円の手形は1千3百万円弱で回収(サルベージ)した。 しかしこの社長、私に感謝するどころか現金で出て行った1千3百万円が惜しくてしょうがない。 ある時私に1千3百万円も出す必要はなかったのではないか等と愚痴を言ったので即刻こちらから顧問を解消した。 その後時を挟んで2回ほど顧問依頼を奥さんから電話が来たが、 社長自らの電話なら考えますと言ったらその内連絡が来なくなった。


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