創業秘話

第4話 長年の法廷闘争を一瞬で和解

 顧問会社の女性社長からあるご年配の女性の相談に乗って欲しいと依頼された。 何でも高校時代の同級生のお母さんとのことである。 伺うと私の母ほどの年齢である。 話を聞いてこの相談は税理士業務ではないなと思い、一旦断ろうかと思った。 この女性Sさんは既に亡くなったある大地主の連れ合いで、 他県にある企業城下町ともいうべき市の郊外に広大な土地を持っていたが、 その土地はもともと市の中心部にあった土地の換地である。 換地前の土地は、亡くなった夫の父つまりSさんから見ると舅である創業者が取得し、事業の中心にしていた。

ところが舅が健在であった昭和30年代の我国経済が高度成長期に入った頃、 その市の中心をなしている企業が自社の規模拡大のためにその土地がどうしても欲しく、 市に区画整理を持ちかけ、市はその土地を都市計画の下に買収して郊外の換地を提供されたとのことだ。 その舅は反骨の人でもあり、その企業(業界では日本有数の会社)の言いなりに易々と乗った市に腹が立ったようだ。 それまで自分もかなり市に貢献してきたのに裏切られた感も強かったのだろう。 この換地は無効との裁判を市相手に起こした。

しかし残念にも地裁も高裁も敗訴し、現在は最高裁判所にて係争中とのことである。 その間数十年経過し、当事者の舅が亡くなり、その長男(つまり)Sさんの連れ合いが引継ぎ、 その彼も死亡して妻のSさんがその地位を引き継いでいる。 Sさんは70才を超える歳の割には頭脳明晰な方である。 市と意地の張り合いでここまで来たが、勝ち目もなさそうだし、かつての所有地は、その企業も時代が変わって業績が厳しい。 今更、市の中心部の土地が還ってくるよりも、換地取得の郊外の土地の方が広く、 しかも近い将来バイパスが通るとその沿線になり、むしろ価値も上がっているとの現実的な判断もあった。

それを現在担当しているのがSさんの血縁者から紹介された仙台の女性弁護士である。 しかし、この女性弁護士、手付け金だけ受取りなかなか仕事に取りかからないと地元でも評判の良くない弁護士であった。 既に手付けを払ったのに1年間何もしてくれない。

業を煮やしたSさんは、税理士である私に何とかならないかとのことである。 私は弁護士ではないのでと言ったが、兎に角話を聞いて欲しい、そして実は来週、 市と話し合いをすることになっていて、件の女性弁護士も同道することになっていたのに直前になって行けないとの連絡が来た。 自分は直ぐに決めたいので是非深田に一緒に行って貰いたいとのことである。 こうなると何でも勉強と興味がある私は二つ返事で引受けた。

早朝仙台を出て新幹線と車を乗り継ぎようやくお昼近くに市側の弁護士事務所に到着した。 市側からは数人の職員が来ていた。 お役所の通例で、部長クラスが来ると、担当課長、担当係長、主任そして担当者と5人は来る、お役所仕事の典型だ。 私が弁護士バッジをつけてないので市の担当者は開口一番

「あなたは何様なのですか?」

と緊張して聞く。
私は

「弁護士ではないが、税務でSさんから色々相談を受けている税理士です。 今回の件も税務の関連で相談に乗って欲しいと言われたので来ました。」と。

そこでこの件は現在、最高裁で係争中であるが、法廷で決着をつけるのでなく現実的な解決を図りたい。 つまりここで和解したい旨を述べた。 市側でもその意向は受けていたようで即座に和解金の提示をしてきた。 そこでまたSさんの強気が出てしまった。 それに自分なりの理由をつけて(私が聞いていても無理だと思った)和解金の上乗せを言い出した。 市の担当者はまたかと明らかに失望の色である。
そこで私は

「Sさん。今日はお互いの歩み寄りで何とか和解成立にした方が良いのでは。 私が聞いていてもそれはちょっと無理があると思う。 しかし、Sさんの気持ちも分かるのでそれを幾分汲んで貰い、Sさんが出した3つの条件の内、 一つは正当なことだと思うのでそれだけでどうですか?」

と言うとSさんは渋々うなずいた。
それを見ていた市の担当者は

「ありがとうございます。 今まで何十年とSさん側と交渉してきましたが、今日ほど前に進んだことはありません。 この条件はここでは直ぐに回答はできませんが、市に持って帰って何とか私も通すようにします。 多分大丈夫だと思います」

と私に向かって深々と頭を下げた。 親子二代そしてその配偶者と3代に亘っての係争事件はここに解決した。 その1ヶ月後、この件の解決は地元の新聞で大きく報道されたそうだ。